2006年11月01日
■ Web2.0の気持ち悪さ
今や、猫も杓子も2.0!まったく大流行ですね。
コレに関する僕が感じる一番の特徴は、何かモノを購入するきっかけが、これまでだと、比較的有識者の意見や、現実につきあいのある人の評価、あるいは自分の目で確かめて、ということが中心だったのに、今や、見たことも聞いたこともない人が投稿した評価によって買う!に移行しつつあるように思われることです。
アマゾンで本を買うときも、hmvでCDを買うときも、もちろんyahooオークションで何か落札するときも、「評価」を見て、概ね良好な雰囲気だったら安心して買ってしまう。等々。。。
こんな流れから、
「販売の主導権がメーカーから消費者に移行した。」というような話がよく聞かれます。
でも、冷静に考えれば、シロウトの無責任な狭い了見での評価が、そのほとんどであるはずで、
評価見て買って失敗する。ということも大いに起こり得ます。
また、少し目立った人の意見に一気に流れる、コミュニティの雰囲気に迎合できないと、
まともな意見でも排除されてしまう、、というようなこともありそうです。
誰かが恣意的に大衆意見をコントロールすることですらあるかもと。。。
消費者の意見を聞くことそのものは、ものすごく正しいし、そうでなければ売れないことも事実です。でも、なんとなくですが、作り手側のアイデンティティというか、伝えたい感性のようなものが、大衆の評価によって、うまく伝わらず、思いとは違うものとして祭り上げられてしまうような気持ち悪さを、ちょっと感じるのです。人気投票のランキングがすべての価値を決定するような感覚があるのです。
とはいえ、10個の評価の内、良い評価が1つで、残り9つがひどい評価だったら、僕もきっと買いません。そのうち、システム構築会社の比較comみたいなサイトができて、点数がついちゃうんでしょうか。。。それならそれで、作戦考えなきゃ!
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始めまして、mtabeと申します。
GoogleADSのダイナミックマニュアルリンクからお邪魔しました。
私は同じモノでも評価は人によって代わるのではないか?と考えています。
評価はモノそのものを示しているのではなく、そのモノのある1つの切り口を示しているのではないか?と
雑誌の評論家さんは毎月読むので傾向がわかるけど、一般の消費者の意見はバックグラウンドがわからない故に理解しずらい事が多いですねw