2008年09月30日

■ Everyday is A Winding Road

<1年の終わり>
9月30日は、9月決算の当社にとって1年の終わりの日です。
今年も色々と想定外の出来事に右往左往した1年で、「あ~、疲れた・・」というのも一瞬、
一晩寝ると翌日からは、新たな1年の始まりとなるわけです。そして、この繰り返しが今年で12回目となりました。


<上場企業があっという間に消え去る状況>
それにしても、昨今は毎日上場企業が倒産してしまうような世の中。
前期で数百億円の利益計上をしているような企業すら即倒産してしまうなんて、
ここ数年では考えられないことです。
結局、これもバブルに踊った結末ということなのでしょうね。不動産バブルやIPOバブルに。
不動産関連は、僕らの事業には直接関係ありませんが、IPOバブルの崩壊は、IPOを目指している僕らにとっては、正直ちょっと困りものです。
IPOへの敷居が、不祥事やらかすたくさんの新興企業のおかげさまで、どんどん高くなる一方なのですから、まじめにやってもゴールのほうが遠くなる状況は、できれば、そうあってほしくないと思います。


<まだまだ子供だった会社>
とはいえ、文句のない成績をあげれば、IPOは不可能ではなく、実際数は激減したとはいえ、今年もIPOする企業はゼロではありません。僕らも、IPOすることが僕らの成長に寄与する意義を見出せる限りは、その目標の看板を下ろすつもりはありません。今期にしても、12期目にして、売上高は目標の10億円を大きく突破することができました。事業領域の広がりは確かなものです。しかし、利益は昨年同様、結局大きく予算を下回る結果となったことで、来期に再度仕切り直しとなります。
これまで対峙したことのないような相手と戦ったり、社員の能力を過信していたり、ということが発生するということは、まだまだ甘いということであり、組織はまだまだ成長途上であって、決して大人には、”まだまだ”なれていないという証拠です。


<吐きそうな日々>
前門の虎、後門の狼とはよく言ったもので、
次々に難題が降りかかってくると本当に吐いてしまいます。
しかし、今思えば、企業経営は、それが当たり前であり、逃げられるはずはないのです。
それが当たり前であり、それを粛々と乗り越えて行くことが経営であるのだ!、、、かな、、、と、
僕も弱い人間ですので、自分に言い聞かせてもうまく消化できないくらいヘコムこともあります。


<Everyday is A Winding Road>
FMラジオから流れてきた、Sheryl Crowのヒット曲に、
「そおぉうか、毎日がワインディングなのだネ!」
「別に、経営者であろうが、なかろうが、全世界で普通にそういうことなのだ。」
ということで、一緒に歌えば、元気が出てきました。
本当に、こういう時って「なんて自分は単純な人間なのだろう!」と、あきれてしまいます。。
音楽は、時に、僕をどん底から救ってくれるのでした。


<さて明日から!>
ということで、この1年も振り返ってみると、僕らのウィークポイントが明確になり、その対処も準備し、社員一人一人の成長も垣間見れます。様々なつらい経験は、胃が外敵を消化すると強くなるように、僕らも強くなってきていると感じます。

明日朝、目覚めたときから、また一皮剥けているに違いない!
本当は皺がまたひとつ増えているだけかもしれませんが、そう思って、がんばって行きます!

Posted by smiths at 18:59 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2008年03月21日

■ 22年

<変人の証明>
僕にとって、友人と呼べる人々は、なぜか、一筋縄でいかない普通でない人ばかりです。
高校、大学と、まぁそこそこ上位の部類の学校に通ったにも関わらず、わざわざ妙な人に吸い寄せられる、いや、吸い寄せた?・・類は類を呼ぶということなのでしょうかね。。

そんな彼ら(僕も含めて)に共通するものは、周りから、いわゆる「変なヤツ!」と言われるに違いないということであり、「良」か?「不良」か?といわれれば、間違いなく「不良」と呼ばれるだろうということです。しかし、その価値判断は、あまりにも「一般的な価値判断」であり、僕の目には、その「一般的な価値判断」こそ、おかしな話だと感じるわけです。
つまり、彼らは、他に迎合しない「自分なりの価値観を貫く人たち」だと、
少なくとも僕は思っています。


<不良社員コンビ>
僕が大学卒業後に入社した会社(以下N社)は、今では日本SI業界のリーディングカンパニー。入社が昭和61年なので、今ちょうど22年経ったところ。
(22年といえば生まれた子供が大学を卒業してしまう期間ですね・・)

当時は、バブル前夜で100名程度の新入社員が採用された時期。東大を筆頭に上から順番に優秀な大学を卒業した同期の面々の中で、僕と彼は、明らかに異質。。二人とも九州の田舎大学卒だし、コンピュータの知識もなし。スーツや髪型も変だし、研修中もバカばっかり・・・つまりは、「何でこいつらが採用されたんだ?!」的二人。
今思うと自分でも、「本当に馬鹿・・」と恥ずかしくなる当時ですが、僕は僕なりに「仕事の意味」は考えていたし、彼は彼なりに、持論をぶちまけ周りを煙に巻いているようでした。
しかし、僕の目にはそんな彼でも、他の人にはない「妙な塊」が見えていた気がしていました。

僕は家庭の事情もあり、約6年ほどで、N社を去ったわけですが、「おまえが出世できればこの会社も捨てたもんじゃない。」というのが彼への別れの言葉でした。


<執行役員!>
その後、僕はベンチャー企業を立ち上げるに至って、N社についても、外から客観的に見えるようになりました。彼とも、たまに会うことはありましたが、なんとか生き延びている風。なんだかんだと相変わらずわけのわからないことをぐちゃぐちゃ言う彼を、N社は少しは評価しているようでもあり、きっと良いメンターに恵まれているのだろう、と。
まぁ、とにかく、「死なないように、がんばるんだよ!」とエールを送っていたわけです。

それが、この3月の人事異動で、彼は同期トップどころか、並み居る先輩達をもぶち抜いて執行役員に昇格してしまいました!
「こりゃぁーーーー、すげぇや!!」
思わず、彼に電話して、「おめでとう!!とりあえず、死ぬなよ!」とお祝い!
ということで、N社は、捨てたもんじゃなかったと思います。

彼の卒業した大学は、N社では多分最下位レベルだろうし、仲間とつるむヤツではないし、経営や技術の勉強をしているわけもないし、ただただ彼の感性のみで、一人で戦って来たに違いないのです。そういう彼を評価しているN社、そして、彼に幸あれ!死ぬんじゃないぞ!


<馬鹿さ加減を謝罪せねば>
という一件もあり、ひさしぶりにN社に在籍していた頃のことを思い出しました。
僕が退職したときは、28歳だったので、ほとんどろくな実績もなく、自分勝手にやめてしまうという構図だったのに、やめ際においても、周囲は随分良くしてくれました。
当時所属していた本部の本部長さんは、一部では「神!」と呼ばれているような凄いかただったのですが、わざわざ僕一人を業務時間中にも関わらず、外に連れ出して、なんとか会社に残る方法はないものか?と親身に考えてくれました。そんな恩も理解せず、蹴飛ばして飛び出した自分。そんな見るからに馬鹿な人間に時間を割いてくれた本部長。N社の懐の深さを今頃改めて認識するアホな自分です。


株式公開を実現できたら、この本部長を訪ねて、当時の馬鹿さ加減を謝罪したいと思います。

その意味でも、決意を新たにせずにはいられないのです!

Posted by smiths at 16:55 | Comments [3] | Trackbacks [0]